海底のどん底から欧州の頂へ:ブライトン&ホーヴ・アルビオンが紡いだ復活の現代史
イングランド南海岸の爽やかな海風が吹き抜けるアメックス・スタジアム。今やプレミアリーグで屈指の美しいポゼッションフットボールを展開し、強豪たちを脅かすブライトン&ホーヴ・アルビオンの姿に、かつてこのクラブが消滅の危機に瀕していたことを思い出す者は多くないかもしれない。「シーガルズ(カモメ)」の愛称で親しまれるこのクラブが歩んできた道程は、栄光と挫折、そして死の淵からの奇跡的な生還に彩られた、フットボール史上最もドラマチックな物語の一つである。
1901年に創立されたブライトンは、長らく下部リーグを主戦場としていたが、1970年代後半にクラブ初の最上位リーグ昇格を果たした。その時代のハイライトといえば、1983年のFAカップ決勝だろう。マンチェスター・ユナイテッドを相手に2-2の激闘を演じ、再試合の末に敗れはしたものの、南海岸のクラブの名は全英に轟いた。しかし、その輝かしい瞬間は、直後に訪れる長い暗黒時代の前触れに過ぎなかった。
1990年代、ブライトンは泥沼の財政難と経営破綻の波に飲み込まれた。1997年、不透明なクラブ経営陣によって長年親しまれたホームスタジアム「ゴールドストーン・グラウンド」が売却されるという最悪の事態が発生する。帰るべき家を失ったクラブは、ピッチ上でも壊滅的な状況に陥っていた。1996-97シーズン、ディビジョン3(実質4部)の最下位に沈んでいたブライトンは、リーグ最終節のヘレフォード・ユナイテッド戦で負ければフットボールリーグからの降格、すなわちクラブの事実上の消滅を意味する絶体絶命のピンチを迎えていた。この「運命の一戦」で、チームは先制を許しながらもロビー・ライネルトの劇的な同点ゴールにより1-1で引き分け、得失点差で辛うじてリーグ残留を決めた。まさにフットボールの神様が与えた命拾いだった。
だが、ホームスタジアムを失った傷跡は深かった。ブライトンは70マイル以上離れたジリンガムのスタジアムを借りてホームゲームを行う居居の生活を余儀なくされ、その後地元に戻ったものの、収容人数が極めて少なく、陸上トラックに囲まれたウィズディーン・スタジアムを仮住まいとする日々が続いた。プレハブ小屋の更衣室、雨ざらしの観客席。それでもサポーターたちはクラブを見捨てず、雨の日も風の日もチャントを歌い続け、新スタジアム建設の署名運動を展開した。この団結心こそが、クラブの命脈を繋いだ最大の原動力であった。
クラブの歴史が大きく舵を切ったのは2009年、地元出身の実業家であり、幼少期からの熱狂的なブライトンファンであるトニー・ブルームが会長に就任した時だった。プロギャンブラーとしての背景を持つブルームは、独自に構築した画期的なデータ分析モデルと潤沢な私財をクラブに注入。2011年には、ファンが長年待ち望んだモダンな新居「ファルマー・スタジアム(現アメックス・スタジアム)」が開場した。近代的な環境とスマートな経営戦略が噛み合い、ブライトンは急速に力をつけていく。
このクラブの現代史を語るうえで、絶対に外すことができない象徴的な選手がいる。現在チームのキャプテンを務めるディフェンダー、ルイス・ダンク(Lewis Dunk)だ。ブライトンの地元アカデミーで育ったダンクは、2010年にファーストチームでのデビューを果たした。当時クラブはまだ下部リーグに身を置いており、ダンクはチームがフットボールリーグ1(3部)からチャンピオンシップ(2部)、そしてプレミアリーグへと駆け上がるプロセスのすべてをピッチ上で体現してきた。
ルイス・ダンクの成長は、ブライトンの躍進そのものだった。幾度となくチャンピオンシップの昇格プレーオフで涙をのんだ悔しさを糧に、彼はセンターバックとして強靭なフィジカルと緻密なビルドアップ能力を磨き上げた。そして2016-17シーズン、ブライトンはついに34年ぶりとなるトップリーグ(プレミアリーグ)への自動昇格を確定させる。ダンクはその守備の要としてチームを牽引し続け、プレミア昇格後も世界最高峰のストライカーたちと渡り合いながら、イングランド代表に選出されるまでに上り詰めた。泥臭い下部リーグの戦いを知る男が、洗練された現代フットボールの第一線でキャプテンマークを巻き続ける姿は、ファンにとって最大の誇りである。
プレミアリーグ昇格後のブライトンは、ただ残留を目指すだけのクラブにとどまらなかった。最先端のデータスカウティングを駆使し、世界中から無名の原石を発掘してトッププレーヤーへと育成する独自のモデルを確立。グラハム・ポッター、そしてロベルト・デ・ゼルビといった野心的な指揮官のもとで、世界中を魅了する攻撃的で戦術的に高度なスタイルを完成させた。2022-23シーズンにはクラブ史上最高位となるプレミアリーグ6位に入り、ついにUEFAヨーロッパリーグへの出場権を獲得。クラブ創設から120年以上の時を経て、かつてホームを失い4部で消滅寸前だったクラブが、ヨーロッパの強豪たちと渡り合う舞台へと辿り着いたのだ。
ゴールドストーンの瓦礫の中から立ち上がり、ウィズディーンのプレハブ小屋を経て、アメックスの青緑のピッチで世界を驚かせるブライトン&ホーヴ・アルビオン。ルイス・ダンクをはじめとする選手たちと、クラブを愛し続けたサポーターが共に紡いだこの奇跡の歴史は、フットボールというスポーツが持つ無限の可能性と情熱を、今も鮮やかに証明し続けている。